2016.01.07 死の質について2
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このようなテーマになると、必ずと言っていいほど宗教的な思惑が絡んでくる場合が多いものだ。私の場合、人一倍霊を感じない人間で未だ嘗て霊もUFOも見た事も無いし感じた事すら無い。神の声など全く聴こえない程そちらの方面ではとても鈍感で使い物にならない人なのである。ここでは宗教的思惑や何かに利害を及ぼすような下心等、残念ながら皆無である事を先ずは断っておく。

人が幸福感を持ったまま人生を全うする為に幾つかの条件が思い浮かぶ。

一つは人としての尊厳を最後まで持てる環境にあるかという事。
もう一つは、人生を全うする事に対して理解を示し、祝福してくれる家族や仲間が周りに居て、最後を暖かく見送ってくれる環境にあるかという事であろう。

しかし、このような環境は、自力で作ろうと思っても難しく殆どの人は作れない時代なのだ。

昨年、芥川賞を取った羽田氏のスクラップアンドビルドに描かれている高齢者とその家族の在り方は、高齢者が人としての尊厳を保ち暮らす事が、家族と共に暮らしていても難しい事なのだと思い知らされる内容だ。これが今の時代を象徴する高齢者社会の普通の家族の在り方である事にショックを覚えた。

家族と共に暮らしていても、高齢者が人としての尊厳を保ち普通に暮らす事が難しい時代なのだ。

家族の有難味は、人生の最後の見送りを祝福と共に担ってくれると言うのが幻想化してしまった現代において、死の質を高めるために、身内だとか他人だとか関係なく、幸福な死への理解者が必要である。

そのような命の終りに、良い人生だった事を思い起こさせ、人生の最後を演出してくれる理解者と出会えるか出会えないか、それが死の質を決める鍵なのかも知れない。

少なくとも終末ケアに携わる人達は、死の質についての理解者であろうが、残念ながら民間組織での終末ケア施設はこの国では皆無とは言わないまでも、それに等しい現状だ。

終末でなくても、死の質への理解者は誰にとっても必要である。実は一昨年、そんな人達との偶然にもご一緒にお仕事をさせて頂いていた!

次回へと続く!

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