2015.11.18 11月22日の近代化遺産イベントお知らせ
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「佐賀の遺産をまちで考える」

そんなワークショップです。11月22日日曜日の午前10:00から場所は赤松公民館で行います。

明治日本の産業革命遺産、構成資産として三重津海軍所跡が世界遺産として記載されました。

地元の私達は、三重津以外にも東京お台場に設置された大砲鋳造場所の多布施反射炉、そして築地反射炉、電信機や蒸気機関を研究し実践した精錬方等、他にも重要な歴史的近代化遺産とするべき多くの歴史が残っていると思っています。

長崎港を警護していた佐賀藩は、日本に訪れたオランダ人による情報で、製鉄や造船それに通信、ガラスの製法等さまざまな欧州の産業革命に関わる技術を知り、その資料になるオランダ語の書物を秘密裏に入手していました。
そしてカラクリ義右衛門親子、中村奇輔や石黒寛次ら優秀な技術者を日本中から佐賀に招集し、それらの技術を研究、実践をさせた歴史があります。

当時の佐賀藩当主、鍋島直正候は日本では初めて、長崎港で蒸気船に乗船したお殿様です。欧州の近代化技術に危機感を募らせ、幕府に長崎港の警備強化を申出たのですがコストが掛かりすぎるため却下されました。それで佐賀藩は独自に鉄製大砲を築造し四郎島と伊王島に築造。長崎港に入った外国船を挟み撃ちして出られないような構造へ造り変えました。佐賀藩は長崎港で外国船からの攻撃を守るだけでは抑止力にならないと判断し、蒸気船用ドライドックを備えた海軍所を三重津に設け、国産蒸気船のイージス艦を保有する事を試みました。

その日本近代化の技術における歴史の始まりはここにあり、当時の佐賀は佐賀城本丸を中心とした、言わばシリコンバレーのような技術集約都市だったのです。カラクリ義右衛門こそ田中久重やその弟子達は、その後佐賀を離れ東京で電信機を始めとする様々な近代技術による企業を立ち上げました。

そんな歴史ロマンを地図を辿りながら追って行くワークショップです。

皆様のご参加をお待ちしています!

注、私は歴史家では無いので、誇張等あるかも知れません。

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