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2012.08.07 田中久重(からくり儀右衛門)の略歴から
田中久重(からくり儀右衛門)の略歴
1799年(寛政11年) 1才 久留米、通町に生まれる
1834年(天保 5年)36才 大阪に移住、懐中燭台製作
1837年(天保 8年)39才 伏見に移住、無尽灯製作
1849年(嘉永 2年)51才 江戸へ出て天文学を学ぶ
1853年(嘉永 6年)55才 佐賀藩精錬方(近代技術研究所)に招かれる
            手工業から重工業へ転換のための莫大な費用と研究の場所を佐賀藩が提供
            国産初の蒸気船や蒸気車製作に取組む
1863年(文久 3年)65才 6ポンド鉄製アームストロング砲製作
            (イギリス製クランク式後込めをバネット式改良に成功)
             佐賀大学名誉教授長野暹先生論文より
1873年(明治 6年)75才 久留米より上京、通信器の製造
1875年(明治 8年)77才 銀座煉瓦街に工場兼店舗の創設(東芝の創業)
1878年(明治11年)80才 報時器製作、電話機試作
彼はトーマスエジソン(1847年2月生まれ)のもっと前から発明家として活躍した。
職人でありながら、芸術家、科学者でもあった。

(略歴はNPO久留米からくり振興会、半田さん達の「佐賀藩と田中久重」講演の中から一部抜粋)

彼は50才過ぎて天文学を学び、55から重工業への研究のため招かれた佐賀藩で数々の偉業を成し遂げている、しかも130年以上も昔、77才で会社を立ち上げる、その史実に基ずくストーリーは私達に勇気を与えてくれる。
熟練した技術と知識を持って、社会環境を変える程重大な偉業を成し得た手本であろう。
その年齢を超えた偉業は、私の心を元気にしてくれた。