2007.02.07
建築屋の悔しさ
建築の仕事をしてもう30年近くになります。伝統建築物の修復や、漆喰、土壁など材料や工法にこだわりを持つ建物が多いのですが、そこには必ず職人の技術が不可欠です。だからと言って、仲間の職人さんたちを引連れてデザインする訳にはいかず、工務店の技量を信頼しながら工事監理を行なってきました。最近、職人さんと呼べるような、仕事に対し気骨のある人物に出会う事がほとんどなくなり、プライドだけが先行する、年輩の普通作業員さん達ばかりが目につきます。平成13年、私の事務所の会議室を増築する時、マイ溶接棒を片手に、納めて見せるから、打放しコンクリートにサッシアンカーを溶接させてくれと申し出た事がありました。しかしながらこだわりがあっても何でもかんでも自分で施工する訳にはいかず、コーキング、塗装一つとっても仕上げが悪いとジレンマがあります。器用に物事をこなすより、不器用でも丁寧に仕事を納めるセンスが必要です。自称職人さん達のセンスのない仕事の結果も背負う事になる監理業務。そのクオリティーを高めるには、やはりコミュニケーションありきで、見極めるためのシステム構築が急務なのだと最近強く感じています。
| Home |


